対談集
Water talk
大会前は選手もビーチクリーン活動
apnea works代表 篠宮 龍三 × マザーウォーター 本井晃一 社長 対談
日本初のプロフリーダイビング選手として知られる篠宮龍三さん。現在は、スクールやツアーを運営し、環境保護問題にも取り組んでいます。篠宮さんとマザーウォーター代表・本井晃一は、海洋プラスチック問題に取り組む同志でもあります。ビーチクリーン活動から、親交を深めていった、ふたりの対談を紹介します。
篠宮さんは、2008年にアジア人で初めて、水深100mに到達。翌年の2009年には伝説のダイバーであるジャック・マイヨール(仏)の最高記録105mを超え、107mを記録。さらに2010年にはアジア記録の115mを達成するなど、多くの記録を打ち立ててきました。
2016年に現役引退後は、『ONE OCEAN~海はひとつ』をテーマに、スクールや大会の運営、環境保護イベントや大会を開催・プロデュース。10年以上、水中で写真を撮り続け、海洋写真家として高い評価を得ています。
取材日時:2022.10.29
本井晃一(以下・本井):
10年ほど前、海洋プラスチックを集めるビーチクリーンのボランティアでお会いしました。お話するたびに、海の中の世界のすばらしさについて、多くのヒントをいただいています。
篠宮龍三さん(以下・篠宮):
海はつながっており、ひとつです。ですから、製造国がどこであれ、海に流したものは漂流し続けます。私はフリーダイバーとして、水深100メートルの世界を見てきました。私は1999年に最初の大会に出て、2016年まで競技を続けました。
この期間は、環境問題の深刻化、複雑化と重なっているのです。海の中には、魚類、ほ乳類、甲殻類、さまざまな植物など多様な生き物と生態系があります。それは温暖化とともに様子が変わって行っていると感じていました。
本井:
以前、トレーニングをしていて、クジラの鳴き声を聞いたというお話を聞きました。
篠宮:
はい。クジラには声帯がないのですが、「クイーン、クイーン」という音で泣くんです。それが海のゆったりとした心地よさと相まって、自分が自然の一部になっているようにも感じ、最高に気持ちがいいのです。
クジラはとても賢くて、人の様子を感じ取っている。私は今、沖縄に住んでいるのですが「Z」という愛称のザトウクジラがいます。Zは30年前から毎年のように沖縄に来て、この数年私もたびたび見かけていましたが、なかなか写真を撮ることができなかったんです。でもあるとき、Zが静かに止まっており、水中で私と目が合いました。その瞳はとても優しくて、私に優しい眼差しをくれた。そのときに、私を認めてくれたのかなと思い、シャッターを切りました。
本井:
それが、最新写真集『HERITAGE』に収録されている写真ですね。心に訴えかける力があります。まるで、篠宮さんが海の一部になっているようにも感じます。
篠宮:
そうなんです。フリーダイビングは、思考を止めて“海になる”という競技です。水深100mは、時間からも意識からも解放されています。むしろ、考えては命が奪われる。なぜなら、脳が酸素を消費してしまうから。真っ暗な海の底に潜っていくのですから当然怖い。でも恐怖を意識しすぎては、脳に酸素が奪われてしまう。ですから、それさえ考えず、できるだけ“無”の状態を維持する。このとき、瞑想をしているように心地よくなるんです。それがこの競技の魅力です。
本井:
とはいえ、光が届かない深海の極限の世界。なぜ、フリーダイビングの世界に入ったのですか?
篠宮:
大学時代に映画『グランブルー』を見たときに、呼吸のための器材を使わず体ひとつで、100m以上潜るというフリーダイビングに衝撃を受けたからです。幼いころから房総で海水浴をしたり、海に潜ったりしており、海が大好きでした。大学時代からスキューバダイビングを始めましたが、そこまで深く潜るというのは未知の世界。当時、日本人のフリーダイビング競技人口は少なかったこともあり、挑戦したいと思ったのです。
本井:
その後、世界各国の大会に参加。世界中の海で潜っています。以前、「フリーダイビングは大会の前に、ビーチクリーンをする」と伺いました。
篠宮:
はい。海を会場とし、競技をするので、大会前に選手やスタッフはビーチクリーンをします。海洋プラスチックというと、ペットボトルや食品や薬品の容器を想起します。そういうものも多いのですが、それ以上の量なのは、漁具や発泡スチロールです。
本井:
私も出張先で散歩ついでに海岸のお掃除をします。ペットボトルもありますが、釣り用の網、釣り糸、疑似餌、仕掛け漁の道具、ポリタンクなどは多いです。また、日本の海岸なのに見慣れない言葉が刻まれた容器も見られます。日本財団の推計によると、世界では毎年約800万トンものプラスチックごみが海に流出。これが続くと、2050年には、魚よりプラスチックごみの量が多くなると予想されています。少し信じがたいですが篠宮さんはそういった体感はありますか?
篠宮:
フリーダイビングの大会がよくおこなわれているのは南米のバハマです。ここはとても美しい島なのですが、よくプラスチックごみが漂着してくるんです。前日に片づけても、翌日に同量が堆積していることがありました。
本井:
ビーチにこれだけ上がっているということは、海中にはもっとあるということですよね。
篠宮:
はい。沖縄で、母クジラに魚網が巻き付いて、泳げなくなってしまい、その周りを子クジラが泳いでいる姿を見かけたことがあります。あまりに網は大きく、私の手で網を取ることはできません。ただ、見ている事しかできませんでした。
本井:
きっとそのクジラは命を落としてしまうのでしょう。
篠宮:
はい。海鳥やウミガメなど、海洋プラスチックの被害を受けた生き物の報道がされていますが、人間も同じように命を落としています。フリーダイバーの仲間に、海洋ゴミがからまって、命を落とした事故がありました。極限状態で潜っているときに、海流で流されてきた網が絡まってしまえば、パニックになります。そしてそこからの脱出は不可能です。
本井:
ひとりひとりが“自分ごとと”として、プラスチック問題と向き合わねばならないと考えています。マザーウォーターは、その解決策の一つとして「ボトルtoボトル」のリサイクルの運用を始めました。回収したペットボトルを、石油由来のPET樹脂と同等品質の原料に再生されたPET樹脂を使用しています。これにより、ペットボトルの水平リサイクルが可能になりました。
篠宮:
再生材が抱えていた、強度など品質の問題を解決したのですね。
本井:
サーキュラーエコノミー(※)の事例になり、社会実装できればと考えております。
※資源投入量・消費量を抑え付加価値を生み出す経済活動。資源・製品の価値の最大化、資源消費の最小化、廃棄物の発生抑止を狙う。
篠宮:
ペットボトルがリサイクルされて、換金できるようになれば、再生する量はもっと増えると推測しています。あからさまな話ですが、ビーチクリーンをしていると、アルミ缶やスチール缶をほとんど見ないんです。それは、資源回収に持って行くと換金できるからでしょうね(笑)。
本井:
私もそれは感じていました。今、再生ペットボトルの量も足りない。大手流通チェーンは、回収量に応じて、リサイクルポイントを付与するなどの施策を行っています。こういう取り組みが広がって、個々の意識が変わっていくことが大切だと感じています。
篠宮:
一時期、ペットボトルが悪者にされて、ガラス容器が注目されました。ただ、割れたガラスでけがをするなどの問題もあります。それに重量があるので輸送コストもかかりそうですよね。
本井:
そうなんですよ。ペットボトルは優れた素材なので、これからもリサイクルの仕組みを進化させていきたいと思います。。
篠宮:
本井さんは、水源地の保全や確保もしていますよね。日本に帰ってくると、水がおいしいと感じます。日本は豊かな山林があり、水資源の豊かさも、日本のいいところです。
本井:
地方各地にある水源地が、外国資本に安く買われている現実を見てきました。その違和感が以前からありまして。日本の自然と水資源を守り、海をもっと良くするために、これからも活動を続けていきたいと考えています。
apnea works代表
篠宮龍三 Ryuzo Shinomiya
国内初のプロフリーダイビング選手として国際大会を中心に参戦。2016年10月、18年間の競技生活に終止符を打ち、スクールや海外ツアー、大会等を運営。『ONE OCEAN~海はひとつ』を自身のメッセージに掲げ、海洋保護を訴える様々なイベントのプロデュースも行っている。
公式サイト https://apneaworks.com/